お昼にワイドショーを見ていて、『やっぱりか!!』と思わず言ってしまった。
栃木の兄弟誘拐事件が、案の定と言おうか「兄弟誘拐殺人事件」となってしまった。
確かにあの兄弟の家は複雑な家庭環境だったかも知れないよ。
人それぞれ事情があるのも分かるけど、なんで自分自身が父親であるのに、同居している幼い子を殺めることが出来るのだろうか??
先日も嫁さんとニュースを見ていて、『こんなこと言いたくないけど、これって殺されちゃってるよね……』と話をしていた。この予想が当たらなければ良いなぁと、二人で切に願っていたのだが……。
やはりというか……本当になってしまった。 ま、どう考えても公園に置いてきただけで、あんな大捜査班を出さなくても良いわけだからね。
私も父親となり、子供に関わるこの手の事件に対して、以前よりも増して悔しい思いをするようになった。
どうしても、自分の子供と重ねてみてしまい、悔しくて悔しくて泣きたくなる。
親になった以上、せめて子供が自分自身の人生を考えて、親から独立できるまでは、責任を持って育てて欲しいと思う。そうでないのなら、子供を作るべきじゃない。
もう二度とこんなことが起きませんようにm(__)m
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S-mode:小山の誘拐事件
おぼえがき日記:[追記]他人といえども許されない!
野望への疾走: 栃木 兄弟誘拐事件
子供と父親、二人だけの生活:誘拐事件 ショック





>どうしても、自分の子供と重ねてみてしまい、悔しくて悔しくて泣きたくなる。
実は私もこの数日間自分の子供と重ねて見てしまって、
本当に悔しくて泣きたくなります。しかも私の子供と
同じ名前の隼人くんで、同じ年となると、もう本当に
泣けてしまって、「なんでああしかなったんだ」、
「なぜこうしなかったんだ」、って考えては悔しくて
たまらなくなる。答えなんか出るわけではないのに。
真っ暗な川の中に投げ込まれて怖かっただろう、
苦しかっただろうって、考えるといたたまれなく
なります。もう3日もなんだか無気力な状態が続いて
いて、新聞社のサイトのニュースを覗いてはため息を
ついています。
同僚の誘いも断り、家に早めに帰って子供と夕食を
とり、お風呂に入って、子供を抱きしめて寝ています。
子供はキョトンとしていますが(苦笑)。
もうこんな事件たくさんです。犠牲になった兄弟の冥福
を心から祈ります。合掌。
私も同じ気持ちです。
子供の側にいると、なぜかとても落ち着いた気持ちになりますよね。
わざわざ二人の子供の間に入って、迷惑がられながら、まるでこちらが子供のようになっていたりします。
なぜもっと自分の子供を大切にしないんだ!って思いますよ。
今現在も、どこかでSOSを送っている子供がいるのかと思うと、どうしたら良いか分からなくなりますね。
子供の傍にいると落ち着きますね。
でも子供を寝かしつけながら、犠牲になった隼人ちゃんが、お兄ちゃんの一斗くんといつもくっついて寝ていたということを思い出して唇が震えてしまいます。寄り添って懸命に生きていた二人の兄弟を救えなかった事実の残酷さに本当に呆然とし、ただただ悲しみにくれてしまう。叱られた後に涙をためたまま寝ていたことがある自分の子供の表情がフラッシュバックして兄弟と像が重なって胸が詰まります。自分の隣で寝息をたてて寝ている自分の子供の頭を撫でながら、つい涙ぐんでしまいます。
つい最近中国の北京に出張しました。共産主義の国なのに3歳ぐらいの子供の物乞いが「おじさん、おなかすいたよぉ」と言っているのでしょうか、足元にまとわりついてくるのです。ポケットを探って小銭を探そうとしていたら、同僚に「こいつら大人に使われているだけだ。金は渡すな!」ときつく言われて、小銭を渡しそびれてしまいました。北京に駐在する同僚によると親に捨てられた子供が大人に操られて欧米人や日本人に小銭をせびらされているとのことでした。「だったらこっそり渡せば・・・」と言う私の言葉を同僚はさえぎって、「そんなことして、みつかったらあの子供はボコボコに殴られるんだぜ、無責任なことしちゃだめだ」と少々興奮して言いました。「北京でも上海でも、広州でも子供は残念だけど道具に使われているだけだ。彼等には彼等のルールがある。日本人の同情につけこんで金をせびるには子供は最も効き目があることを連中はよく知ってんだよ」と溜息混じりにつぶやいてもいました。彼がその時に話した「ボコボコに殴られる」という言葉と、今回の事件の犠牲になった兄弟が虐待されていた様子が重なり、さらに、あの北京の子供の寂しげな表情が重なってしまって、なんともやりきれない気持ちになります。若旦那さんがおっしゃるようにどこかでSOSを送っている子供は確実にいるのです。でも、それは日本だけではないという点も我々は認識しておかねばならないと思います。私はこれからできるだけ子供と過ごす時間を増やすことはもちろんですが、機会があれば施設の子供達を対象としたボランティア活動にも積極的に参加していこうと思っています。「だれもがガンジーやマザーテレサになれるわけではない」とインド人の同僚は言いますが、でも私には私にできる何かがあるはずだと信じています。そうしていくことが隼人ちゃんと一斗ちゃんの死を無駄にしないことなのではないかと思うのです。一人でも二人でも子供の未来を支えることができればそれでも十分意義があるのではないだろうかと考えたりしています。海外でのボランティア活動は難しいでしょうが、せめて日本だけでもと考えています。すみません、長々と書き込んでしまいました。
まだまだショックから立ち直れませんので、若旦那さんのように子供の横に滑り込んで寝ようと思っています。お互い変な親ですよね。でも暫くそうでもしないと精神的な安定は得られないように思えて仕方ありません。
心に沁みるコメントありがとうございます。
朝から泣かせていただきました(;_;
>でもそれは日本だけではない……
そうですよね、言われるまで気が付きませんでした。
そうやって、大人に使われて育った子供がまた、大人になって子供をさらに残酷に扱うようになる。 ……それでいいのか?って思います。
でも、それだけ生きるのに必死なのかも知れない。先日のサッカーのブーイングも中国の大人たちの、ある意味必死さが伝わった場面ではありましたし。
こんな風に私たちが、他人の子供のことまで優しく考えて上げられるのも、もしかしたら、日本がめちゃくちゃ平和な証拠なのかもしれないなぁって思っちゃいました。
誠に勝手ながらトラックバックさせて頂きました。
このなんとも悲しい事件。
若旦那さんの気持ちとってもよくわかります。
今は自分がこのショックから立ち直るのに精一杯なので
すが、やはり未来の子供たちのために、何かやらなきゃな
という気持ちになっています。
お互い頑張りましょう。
こちらからもトラックバックさせて頂きました。
今朝のニュースで、兄弟のお父さんがインタビューに答えていました。
意外にもしっかりしていそうなお父さんというイメージでした。